電車の厄介なあれ(田舎の場合)
通勤時間帯の電車は燃えている
座席の争奪戦が行われるから
電車は通勤以外の人も利用する
その中でも一番厄介なのが、キャリーケースをもった旅行者
これから行くのか帰ってきたのか、
それは会話の内容と顔の疲れ具合でわかる。
私が利用している電車は都会のような、
電車のドア側に沿って配置されるベンチのような座席ではなく
進行方向に向かって通路を挟んで2席が2列ある電車。
そんな田舎特有の電車には旅行者のキャリーケースが厄介だ
キャリーケースは長いので、厄介と言い換える
向かい合う4人席の奥側に座り膝の前に厄介を置く
ということは奥の席1人分座れない
2席に場合は、奥側に厄介を置く
ということは一人分座れない
二人の旅行者が4人席に座ると何が起こるのか
一人は奥に座り自分の膝の前に
するともう一人は必然的に通路側に座り自分の膝の前に
お互い向き合って座ろうが横並びに座ろうが
2人分の厄介が2人分の席を埋める
特にこの光景を見るのが夏休みと春休み
思いから上の荷物置きに持ち上がらないのは許容範囲
しかし、なぜ席を埋めるような置き方をするのか
せめて通路側に座って自分の横に沿って通路に置けばいいやないか
厄介のせいで座れないとき、私は強気になる
4人席の通路側なら、座れる可能性がある
通路側に座る人の厄介を通路側に置けばいいのだから
「そこ座っていいですか」と聞いてよけさせる
私は何も悪くないので、強気で声をかける
図々しいと思われるかもしれないが
正当なので何も恥じなくていい
奥の席を空けろというのは、言えたことがない
厄介をよけるスペースがないことが多いからだ
そこまで図々しくはなれないし、ちょっと恥ずかしい
座るのに必死すぎるのが恥ずかしい
席の争奪戦の中、厄介がとても厄介
厄介を運ぶ人間も厄介(全員ではない)
もっと周りを見ろ
気を配れ
浮かれるな(言い過ぎ)
争奪戦をも冷めさせる厄介
争奪戦に敗れ座れなかった時と
厄介にはばかられて座れなかった特
厄介に負けるのは、ドーピングした人に負けたようなもの
厄介を操り席をつぶす人間がいなくなることはない
それでも通勤時間の座席の争奪戦は続く
これからもその戦いの勝利のため、目を光らせ掴みに行く
図々しくてもいい、座るために
隣の席からの異臭
週5日、会社のデスクに座る時間の長さといったら
人生のどのくらいの時間を占めているのだろうか
考えるとぞっとする・・・
転職して約1年、最初は気づかなかった
席替えしたあの日から気づいてしまった
あの人の「臭い」に
隣の席になったあの人
あの人は直属の上司
仕事上、毎日話すことはからは逃れない
家の臭いが染みついているのか、それともその人の体臭なのか
とにかくカビ臭い
そして口臭もなかなかのパワー
話すたびに近づくたびに息を止める毎日
臭すぎて眉間がキーンとなる(頭痛か)
臭いにもハラスメントがあるらしい
「スメルハラスメント」という
ハラスメントだらけの世の中だなとつくづく思うし、
なんでもかんでも名前つけるなよな
上司についてはどうにもできないハラスメント
スメルとスルメがこんがらがる
上司のことは臭いのでスメルハラスメントにあやかり
「スルメ」と呼ばせていただくことにする
業務上、スルメの車で外に出ることもある
車の中は地獄だ…
乗った瞬間から頭痛。降りて新鮮な空気を吸って治ったころには
車に再乗車。また頭痛。
生活習慣に問題があるのではと思い
スルメのランチを観察
自炊したお弁当はほとんど見たことがない
パンが多い
いつもカフェオレ(ペットボトル飲料)
少し前に外食の話になり、何食べに行くか聞いた
マックによく行くらしい
ああこれはもう「食生活」が終わってるわ
本人が見直さない限り、一生臭い人だ
可哀そうだが、「あなた臭い」と言ってくれる人はいないと思った方がいい
だって独身50歳なんだから
誰も言えないよ
このことを話せるのはスルメを知らない人にしか話せない
会社の同僚に話して共感してほしいが、みんな気付いているのか
私がただ敏感で気づいたのか
反対に○○さんも臭いよとか思われているかもしれないからだ
安易に口にできない
だから家族にしか言えていない
他人の体臭に苦しむ体験をしたことがある人はたくさんいるはず
そんな時どうしたらいいか
黙って耐えるしかない毎日しかないのか
この会社にいる限り、スルメと私
どちらかが部署異動もしくは退社しない限り
この問題は永久不滅
スメルハラスメント
もっとも解決しないハラスメント第1位に間違いない
弟のほうがしっかりしてんな!
私の弟は自閉症だ。
弟と年子というのもあると言いたいが私の記憶力の問題でもあるが、私はあまり幼少期の弟の行動や言動を覚えていない。
今の弟をみると小学生だなと思う。小学生の頃の弟は一体なんなんだ。相当、親は苦労したんだとつくづく感じるし、当時の私は心の中で弟を不遇な運命だと思っていたかもしれない。
しかし今、心は小学生ではある弟のまっすぐに生きる姿といったら大げさだが、私よりもしっかりしてんな!と思い知らされる。
このまえ、姉と母と父がみんな一泊いない家で弟と過ごした時、朝起きたら女子が好きそうなモーニングが出来上がっていた。食パンにマーマレードを塗り、切ったバナナ、仕上げにシナモン。いつものインスタント溶かして作るアイスコーヒーを添えて。なんと贅沢なモーニングを。
いつもは母が食パンを焼き、アイスコーヒーを作る。一度も弟自身が作る姿を見たこともないし、想像ができない。それが一人でさわやかに食べているじゃないか。
その隣で私は食パンにマーガリン、手間をかけたくないので缶ジュース。朝に対する意識の高さを思い知らされた。(弟は毎日かかさずテレビ体操もしている)
仕事終わり家に帰ると、ごはんが炊き上がっていた。
一人で炊いたことがなかった彼が、なんと仕事終わりに炊いていた(たった1合、一人分だったが)
この日は各自でごはんにしていたので、わたしはラーメンでも食べようと思っていた。きっと弟はコンビニ弁当だろうと思っていたところ、炊飯器の中身を見た私が感動し独り言をべらべら言っている間に弟はカレーを食べ、テレビを見てけらけら笑い転げていた。
さらに、弟は食パンも買ってきていた。朝二人分の食パンでちょうど無くなった。それを覚えていた弟は食パンしかも超熟(家族が一番好きな市販食パン)を何食わぬ顔で机上に置いていた。見せつけにも見えたがそれにも感動し独り言が止まらない。
弟の成長に感動する姉の話になってしまった・・・
またその日は、中秋の名月だった。
弟は四季の行事に忠実に従い、季節を大切にする男だ。服は1年を通して半袖半パンということを除き。
きちんとお団子を買い、月を見て食べていた。私が1個ちょうだいっていったら、くれなかったのは来年の中秋の名月に思い出すことだろう・・・
二人でテレビをも見ていたら、ピンポンとなった。すぐさま弟が玄関へっ駆けつける。
(インターンフォンも何もないので、人影で判断するしかない玄関は尋ねた人がいつも名乗り上げてくれる田舎のいいところでもある)
お隣さんがわかめをくれた。弟は丁寧な敬語を使いこなしコミュニケーションをとっていた。わかめでそんなに話を広げれるか?と思うほど盛り上がっていた。
私なんぞ人前にでれる格好ではないため、会話に入れない。お礼も言えない。
弟よありがとう。いつも半袖半パンの君の格好にこんなに感謝したことなはいだろう。
私は外面がよく家での怠惰さとのギャップは相当なもの。どっかの展望台で叫んでもいいくらいすごいが、(ここには書けない)弟といったら、なんてしっかりしているんだと日々感じる。今後の弟の成長と私の怠惰さが反比例しないように、私は季節を感じること、毎朝充実したモーニングを過ごすことから始めてみようか。
街は移り変わっていくものだ
退職し、無職の人生を謳歌して早2か月
2年ぶりに実家に戻り、街の景色が変わっていた
帰省した時は家にこもって何かを食べることが常だったため、
街の変化には気付かなかった。
実家に戻り毎日暇を持て遊ぶようになり、街を歩き店やお気に入りの場所を見つけることが、一種の趣味になった。
働いているときはこんなにも時間がゆっくりと進むと感じることはなく、
そして明るい朝から暖かさを感じる昼、色が更けてくる夕方、星と月が輝く夜
毎日の移り変わりを感じることができる。それだけで気持ちが穏やかになる。
そんな素朴な毎日の中、2か所お気に入りができた。
うどん屋と和菓子屋だ。
手打ちうどん屋さん。手打ちが売りで、平らで細い麺がはまる。出しは少し甘め。
お店はご夫婦でされていて、うどんの手打ちはご主人一人でしている。
いつも肉うどんをいただく。たまに稲荷セット。お好きなうどんに稲荷ずし2個、ちくわの磯辺揚げ2個、ミニ豆腐がつく。
そんなうどん屋さんが惜しまれながら閉店する。しかも店には閉店するという告知は貼られていない。最終日まで明かさず、静かに終えるようだ。
二人とも50代ということもあり、体力の限界を感じての決断だった。
機械を入れることも考えたそうだが、お店の看板に「手打ちうどん」と書いてあるからお客様をだますようなことはできない、という思いが強く閉店せざる終えなかった。
こんな思いの詰まったうどん。閉店する前にもう一度行こうと決めた。
和菓子屋さん。
80代のかわいい笑顔のおじいちゃんがしている。道路の脇道にあり、ひっそり佇むような、気の向くままに開けているようなお店。
いつもレモンケーキは必須で、夏は水まんじゅうも必須。一番のお気に入りは「鹿の子」あまり聞きなれない和菓子かもしれないが、このお店で初めて出会いはまった。
中に求肥を包んだ餡玉に、鹿の子豆と呼ばれる形の整った豆の密漬けを隙間なくつけて完成する和菓子だ。なんともその見た目がキラキラしていてる。その輝きは太陽に照らされる透き通った海のようだと私はいつも思った。
しかもいつも必ず一個おまけをくれる。手に置いてくれるのでいつもその場で食べる羽目になるが、それも店主のご愛敬。温かな時間が流れていた。
しかしこの和菓子屋さんもいつの間にか閉店していた。何も告知はなくお店に張り紙がされていた。もう二度とあの味とあの優しい笑顔のおじいちゃんに会えないのかと、、
悲しいが今までありがとうと伝えたい。おじいちゃんありがとう。おいしかったよ。
私のお気に入りがどちらもこの世からなくなってしまう。
新しく生まれるものもあれば、消えてしまうものもある。
まさに諸行無常だ。人生に永遠はなく、老いも若きも関係なく突然終わりをむかえる。
場所も人も物もすべて終わりがあること、突然の別れがあること。
そんなゴールがあることも頭の隅においておけば、今より少しでも一日一日を大切にできる、思いやりをもって過ごせるようになるかもしれない。
今は穏やかな毎日を過ごしているが、新しい環境で働くことになれば、戻りたいなと思うと同時に、頑張ろうとも思えたらいいなと、、
人それぞれに人生は刻まれていく。何の意味のないような一日であっても、大切な一日を過ごしていることには違いない。
街を歩けば移り変わりに気づき、同時に自分自身の人生の移り変わりにも気づけるかもしれない。
ふと思いついたときに街を歩いてみよう。今まで気づかなかったいろいろなものに出会えるから。
「自力で治す」が我が家のモットー
「体調が悪いときの過ごし方」
体調が悪い時、病院へ行く方もいれば、お家で治す方もいる。
私は自分の体が悲鳴を上げていない限り、自力治癒派。
つい最近久しぶりに風邪をひいた。風邪をひくって、ひくって何?
風邪の語源は吹く風と同じで、風は人体に何らかの影響を与える原因として考えられていた。だから風が運んでくる邪気を体内に引き込んでしまうことから、「風邪をひく」となったみたい。
そして、急に空気が冷えてきて秋を感じたと思った隙に、のどの痛み。飲み込むときのあの痛さ。のどが終われば鼻がなるなる。邪気を吸い込んだみたいだ。
風邪に限らず、体調が悪い時は毎朝鼻うがいと朝夜にマヌカハニーが我が家の決まり。
鼻うがいは40度くらいのお湯に塩を入れて、早朝から「あ~~」と音色を響かせ、
マヌカハニーは小さいスプーンくらいの量を、のどにしばらく待機させて飲み込む。
今朝、姉が作ってくれた鼻うがい用の水を使うと、、
めっちゃ痛い。バラエティーのうどん通すみたいな感じ。
姉は無意識な天然という人間のため、わざとではないだろう。
必ず自分で鼻うがい用の水は作ることを決意。
2.3日続ければ、治るというのが私のルーティン。我が家のモットー。
※マヌカハニーは飴よりも、絶対ペースト状?がおすすめ!!
このようにして、我が家はお医者さんにはお世話にならない生活を継続中。
今年も冬を乗り越える。